皐月とチョコレート

皐月のチョコレート

2月の14日の正午より前である。
本土より南に位置する小島とはいえ、寒い風がまだ北から届く時期だ。
雪こそ降らないものの、その冷たさは身体に染みこんでくる。

「うぅ~・・・寒い」

人の居ない船渠で整備員の宮村が呟く。
足元で作業を続ける妖精たちもそれに呼応するように震える真似をした。
彼は駆逐艦【皐月】の整備担当者である。
駆逐艦と言っても軍艦ではない。世界を救う希望を背負った少女、艦娘の艤装だ。
その彼女の艤装が整備されていく。
妖精の手を借りる箇所、自分でやる箇所、それぞれ同時進行だ。
「あいつ、またここ壊してやがる。」
艤装内の缶から伸びた導電ケーブルが一箇所断線していた。
こうなると全体の出力に影響がでる。
「いっそ全部交換してしまうか。」
そう言って接続部を取り外し、奥に居る妖精に反対側を抜いてもらう。
別の妖精が持ってきた新品のケーブルを改めて接続した。
宮村にとって艤装の整備は仕事であると同時に祈りであった。
本来なら年端もいかぬ少女たちを戦場に送り出す行為を彼は容認していない。
しかし、これしか世界を維持する方法はない。
ならば自分にできることを、なすべきことを為すしかない。
彼女が無事に生きていられるように。
また帰ってこられるように整備をし、壊れれば直し、時に強化する。
皐月と出会った時こそ、信頼の薄い間柄であったが、真摯に向き合って艤装を整備していく内に彼女は笑顔をくれるようになった。
それは祈りに対する答えであった。

その折、作業中の視界に見知った金髪が入ってきた。

「何してるの、皐月ちゃん」
「へへっ」
顔を艤装の向こうから覗かせ、曇りのない笑顔を浮かべる皐月。
「いつも艤装整備ありがとうね、ミヤムー!」
「あぁ、これが仕事だからな」
このやりとりもいつもの事だ。
彼女は出撃の度に艤装のどこかに不具合や故障を作ってくる。
文句も言いたくなるが、命を賭ける少女達にそれを言うことは憚られたし、
なにより宮村自身が許せなかった。
いくらでも壊してくれて構わない、無事に帰って来い。そして笑顔で
ただいまと言って欲しい。それだけだった。

「はいこれ!」
そう言って皐月は包装された箱を手渡してきた。
「何、プレゼント、誕生日でもないんだが・・・?」
「えーっ分からないの!?」
皐月が頬を膨らませて怒る。心なしか頬も朱に染まっていた。
「もー、気合入れたのに、なんだよぉ!恥ずかしいじゃないか!」
「・・・ごめん」
素直に謝る。手元の妖精たちは訳知り顔でやれやれとため息をついていた。
「今日は何の日?」
「子日」
「違っ!」
「ん・・・?」
「もう、本当にアレだなぁ・・・・今日はバレンタインデーだよ!」
「・・・・・・・・・・な・・・・んだと・・・・?」
「だから、それはチョコ!」
「・・・初めて貰った。」
「マジで?」
「マジ」

宮村は女子を知らぬ。中高一貫の工業学校を卒業したが当然周りは男だらけであった。数えるホドの女子は居たがそれらもグループを作り男気は無かった。

「・・・感動モノだ」
「大げさだなぁ・・・」
「義理でも嬉しいよ、ありが痛ぇ!?」
何が起こったか分からないが手元に激痛が走った。
目線を下に落とすとレンチを持った妖精が怒ったような顔でこちらを指さしている。

「義理じゃないよ。」
皐月が消え入りそうな声で呟く。
「・・・皐月?」
「いつもボクのために一生懸命頑張ってくれるミヤムーが居るからボクは一生懸命戦えるんだ・・・。ミヤムーが居ないとボクはとっくに海の底だよ・・・。」
早口で言葉を紡いでいく皐月。
その表情は下を向いていて窺い知れなかった。
「だから・・・これからもボクと一緒に戦ってよ・・・ずっと」
声音がだんだん途切れていく。
「ボクは・・・ミヤムー・・・君が好きなんだよ。」
宮村は言葉が出なかった。
唐突すぎて脳の処理が追い付いていなかった。
正確には理解していたが、それでも様々な考えが頭を巡り駆け抜けていく。
皐月は下を向いたまま、その場から動かなかった。
作業卓に置かれたままのチョコを見る。
これは皐月の気持ちだ。
横で妖精たちがプラカードを掲げる。

【なすべきことをなせ】

ゴクリと、宮村の喉がなる。
「皐月・・・」
正直、宮村は彼女を好いていた。
しかし軍に務める以上彼女に深入りすることは自粛していた。
彼女は世界の希望であり、提督の懐刀でもある。
そんな彼女を一介の兵でしかない自分が・・・その心に応えて良いものか・・・しかし

「ありがとう、皐月。俺も君が好きだ」

言ってしまった。
皐月が顔を上げる。
顔を真っ赤に染めて、泣いている。
「うん・・・良かった!」
そう言って皐月は笑顔を咲かせた。
船渠内に長ベルが鳴り響く。時刻は丁度正午となった。
「早くチョコ食べよう、手作りなんだ!」
「今か?」
「うん!」
包装を開け箱を取り出す。
ほのかに漂うカカオの良い香り。
蓋をあけると生チョコが並んでいた。
「ミヤムー甘いの大丈夫?」
「今それを聞くか」
苦笑しながら答える。
「大丈夫、大好物だ」
「じゃぁ最初の一個はミヤムーね!」
「っていうか皐月も食べるつもりか」
「えへへ・・・」
はにかんだように笑う皐月。宮村の心に警鐘が鳴り響く。
「じゃぁ一個・・・」
心を揺れ動かす笑顔をなんとか乗り越え、汚れた手袋を外し一口頬張る。

とても甘い味がした。

「ね、ミヤムー、どう?」
「美味い」

率直に答える。
皐月は眩しいほどの笑顔を浮かべている。
「あ」
皐月の声が手元に注がれる。
手元の妖精達が嬉しそうに残りのチョコを食べていた。
「あらら・・・」
箱のなかは既に空っぽになっていた。
「ボクの分・・・まぁいいか、君たちも頑張ってくれてるもんね!」
「すまないな、来月のお返しを期待しててくれ」
「んー・・・今欲しいかな?」
「今?」
「動かないで」
作業卓に皐月が膝を乗せる。目線の高さが一緒になった。
「唇にチョコの粉ついてる」
そう言って皐月は軽く唇を重ねてきた。
「・・・・・・。」
目を閉じて、ゆっくり彼女の腰へ手を回す。
間もなく唇が離れ、柔らかな余韻が二人を包む。
「これからもよろしくね。」
「こちらこそ」

静かな船渠に二人の鼓動と妖精の賑やかな視線だけが残っていた。